ゾルターン・コダーイ(1882-1967)はハンガリーの作曲家、民族音楽学者、教育者。ハンガリーの地方で育ったコダーイは、幼少期から音楽の才能を発揮し、同級生が歌う民謡に頻繁に触れていた。彼は複数の楽器を演奏し、学校の合唱団で歌い、作曲も行った。1902年にはブダペストの音楽院で作曲と音楽教育を学び始める。そして、博士論文を執筆するかたわら、ハンガリーを巡り民謡を蓄音機シリンダーで録音し始めた。彼と同じくハンガリー民謡に興味を持つ作曲家ベーラ・バルトークと知り合ったのは、この試みの最中だった。2人は民謡の曲を集めてアンソロジーを出版したり、互いの音楽活動を支援し合ったりなどして、何年にも渡って仕事を共にした。
やがてコダーイは音楽アカデミーの教授陣に加わり、最初は理論、次に作曲を教え、最終的には音楽監督となった。しかし、彼の作曲活動が軌道に乗ったのは、1923年にブダ市とペスト市の合併50周年記念式典で彼の作品『ハンガリー詩篇』が演奏されてからであった。その直後、オペラ『ハーリ・ヤーノシュ』や有名な『ガランタ舞曲』などの作曲により、彼は国際的な舞台に躍り出た。彼の作曲は、ロマン派、印象派、モダニズムの技法とハンガリーの民族音楽の特質を融合させたものだった。
コダーイは音楽教育にも熱心で、ハンガリーの若い学生たちに音楽を教える方法を改革しようと努めた。彼は、グループ学習、ハンドサインの使用、生徒の資質や背景と音楽教育を結びつけることを提唱した。彼が開発した音楽教育の原則は、現在 「コダーイ・メソッド 」と呼ばれる音楽教育の基礎として見なされている。彼はまた、このテーマに関する本やその他の学術書も出版している。コダーイは、ハンガリーのクラシック音楽と音楽教育において記憶に残る業績を残し、1967年にこの世を去った。
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